サイレン


 絵コンテのような用紙の枠線の中央に小さなモノクロ写真が貼ってあって、大きな余白や枠の外に鉛筆で殴り書きがしてある。写真はたぶん○○○の中のやつで、陰になって表情の見えない三人の男。鉛筆で書いてあるのは何かを聴き取ったメモのようで、「月の裏であいましょうのオルガンは○○○○○さんじゃないとああいう風には弾けない」みたいなことが書いてあった気がする。何枚もクリップで留めてある設計図のようなその紙束をばさばさめくって眺めていると救急車の音が聴こえてきて、「ああまた夢か」と思った段階からゆっくり覚醒し、混濁した意識のプールの底から水面に浮上すると布団の中で目を閉じている。また外は真夜中の気配で、サイレンは一ブロックほど隔てた近所で止まる。この前もこうして夢から醒めたし、今年に入って何度も真夜中や未明に救急車が近所で止まる音を聴いている。なんとなくいつも同じ場所のような気もする。サイレンが止まった方向にずっと耳を澄ますが、ただはるか遠く大気が低く震動するだけで静まりかえったまま何も聴こえてこない。「容態が回復したのか、いたずらとかなのかなあ」と考えていると30分ほどして忘れた頃に突然またサイレンが鳴り響き、走り去るのが聴こえる。「ずいぶん長かったけど、これでも救急というのかな、、」と寝返りをうち薄目を開けると暗い室内がぼんやりと見える。開け放したドアからオレンジ色の玄関灯が差し込み、何人かがばたばた行き来する影が壁に伸びる。天井だと思っていたのは床の上のベッドで、誰かが眠る布団のふくらみの上を人影が慌ただしく横切るが、音はぜんぜん聴こえないこないので、まだ夢をみているんだなと目を閉じる。(3/8)