雪とロスコと鶴の女


 早朝。食堂を出て森へ寄る。いつものベンチで煙草をすっていると陰気な曇り空から雪がちらつく。冷えて人気がない。遠くの枯木と常緑樹と陰が折り重なった暗い緑灰色と、枯れた芝生の象牙色。高い枯枝が空と接するきわが揺れてロスコの矩形のボケた輪郭のようで、その巨大な絵の中に時おり小さい人影が現れては消える。鳥の声と風の音、砂利を踏む音。この雪は遠くから風が飛ばしてくるように見える。いつか同じ森でみた降雪が方眼紙のようだったことを思いだすが、今日は違う。まつ毛やくちびるの上で雪が溶ける数秒間に、枯葉がちょうど木々の間くらいを移動したとか、雀が何回啼いて、カラスが何回啼いただとか、そんなことばかり数えて、水面の波紋が静まり像が現れるのをじっと待っている。とても静かで寒いけれど、誰も思い出さない。あきらめて煙草を消しふりかえると、ちょうど若い痩せぎす女の黒いカーデガンが鶴のように折れ曲がり枯葉を拾った。(2/19)