雑記


 巨大なクロスワードのような模様が、一定間隔で空を横切る。8×8マスくらいの2階調のドット画で、なにかの断片のよう。おばちゃんみたいな声ともう一人の声が聞こえる。空が消えて、左を向いてリンゴをくわえ、右側の羽根が何枚にも重なるよう図案化された鷹のドット画が現れる。あれが正解なのかな?と眺める。両手を肩の高さでぐるっと一周させたまま飛んでいる人の図案を見せられる。色のバリエーションが沢山あって、それはいろんな神様なのだと教えられる。

 砂漠の国の空港。ロビーには椰子や南国らしい珍しい植物の大きな葉が見える。荷造りの仕方がまずかったのか、従業員の扱いが雑だったのか、半年滞在分の大きな荷物が崩れ、連れてきた飼犬が下敷きになり瀕死となる。言葉が通じずに困っていると、レネ軍曹と名乗る人物が現れ、すぐに獣医に連絡してくれたが、けっきょく犬は助からずに死んでしまった。軍曹は「田舎の小国なのでなにもかもが雑だし、犬など死んでも誰も気にしないのです」としきりに謝り、おわびに気晴らしになるようなものをくれると云う。着崩した軍服の大きく開いた胸元には絹のような光沢の不思議な白い布をまき、口調や物腰の上品で知的な雰囲気は乾いた土地柄とは異質な印象をうける。なにもそこまでしていただかなくてもと私は応じたが、正直この謎の人物の得体の知れない魅力のようなものにひかれ、すぐ後日再会することとなった。
 人里離れた砂漠のまん中に隠れた泉があって、水辺に大きな岩がむき出し椰子や草が生い茂っている。軍曹が砂を払うと丈夫な布が地面から現れる。だいぶ昔に隠した飛行機で「少し整備すれば飛べるから、さしあげます」と云う。それからしばらく、あれこれとおたがいの身の上やら世間話をして別れた。私はその場所が気に入り、それからも用もなく訪れてはのんびり過ごすようになった。いつも対岸には白いパラソルが陽炎に揺れて光り、その陰で本を読んだり眠りこける軍曹らしき人影を見かけるにつけ、軍曹といってもそんな調子だから長閑な国なのだなと思った。
 しばらく経ったある日。憲兵が私のところにやってきて軍曹のことをあれこれ聞いていった。どこで知り合ったのか、どんなことを話したのか。別段隠すようなこともないので世間話の一部始終を洗いざらい話すと憲兵は去っていった。水辺と飛行機のことは忘れていたか無意識に隠そうとしていたのか話さなかった。国を離れる日が近づいたころ、また水辺を訪れてあの砂の下の布を探した。すぐに見つかった布を剥がしてみると、そこにはただ砂があるだけだった。(2/13)



 「過去は振り返らないぜ」とは誰が最初に云ったのか知らないけれど、なんかそんな台詞を聞いたことがある。僕は今まで生きてきて一度も言ったことはないし、いったいどんな気分でそう言うんだろうなと想像してみても全然うまくいかない。ただ書きたいなと思っても書くことなんてないから何かしら反省してみてそれをネタにして日記を書く。というか、ネタにしてというのはそれを面白くしてとか、一応出口のあるお話として昇華してみたいなニュアンスの言い方であって、僕のはただの反省そのままなのだから、ただの反省文だ。日記も一日の反省文みたいな言い方も出来るけど、そういう感じでもなく、なんの意味も考えもなくただの反省文だ。たぶん心から本気で反省していたら恥ずかしくて何も書けないはずなのだけれど、僕のは多分うその反省とか反省のふりという予感どおりで、「過去は振り返らないぜ」と試しに心で唱えてみて(恥を忘れて)こうして過去を振り返る日記を書く。
 子供の頃は悪さをすると反省文を書かされて「めんどくせえなちくしょう」と思ったもんだけど、あのころ私に反省文を書かせていた大人たちより歳をとり、おっさんになった今の私は誰に頼まれもしないのにこうしてせっせとただの反省文を書いている。そのことを思うとおかしいし、無駄口ばかりの情けないおっさんだと思う。これは何かというとすぐ反省文やら感想文を書かせる我国の国語教育の弊害ではないのか。おかげで私のような意思の弱い人間がいざ書く自由を与えられ、なんとなく油断したまま何かしら書いてみてもすぐにただの反省文になってしまう。それしかものの見方、考え方、書き方を知らないから。意思の強い人だけが本当に自由なことを書けるんだろうなあ、すげえなと思う。
 私は意思が弱いだけでなく、不真面目でもあったので、子供のころも「めんどくせえなちくしょう」と思って反省文を書いていたし、思えばその頃からうその反省や反省のふりだったのだから、今とあんまり変わっていないしぜんぜん進歩がない。
 いま自分が反省文っぽくない気分で作文をしようとすると夢の記録ぐらいしかやり方が無い。あれを書いている時はぜんぜん反省していないし無責任だし、夢には意味も理も原因も何もないのだから、書いていてとても開放感がある。ただ書きたいとか開放感がどうので書いている作文なのだからこれを読んでもなんにもない。どうもありがとうございます。(2/14)



●たしか大雪が降った日。人づてに「爆弾低気圧」という言葉を初めて聴いた時に笑ったのを急に思い出したけど、何がおかしかったんだろう。これといい「ゲリラ豪雨」といい、なんでこの方向性なんだろ。特定の軍艦の名に気象関係の大和言葉が使われてるようなことを思い出したけど、wikiを見ると外来語(bomb cyclone)の和訳みたいで、全然無関係だった。

●手を離してじっと眺めているあいだ、電磁加速砲の音が耳のそばの血管を血が流れる音に似ている。子供の頃にふとんの中でよく聴いた気がするけど、そういえば歳をとったらめっきり聴かなくなった。

●kが実家に泊まっている。普段は居間でテレビを見たりしている。冷蔵庫に誰かが買いだめしたような形跡の出来合いの食料があって、それを一緒に食べたりする。いったい家のどこで寝泊まりしているのか気になるが、なんとなくそのまま。二日目に二階に上がってみると、今は物置となった奥の客間に続く廊下にたたんだ布団があり、横でkが正座してこっちを見ている。訴えるように「荷物をまとめてもう帰るよ」と云う。ちょっと待ってくれごめんごめんと、それをなだめる。横の元自室に招き布団を広げる。kの顔は全然変わっていなくて、とても素直な調子でざっくらばらんに話す。結婚せずに独りで横浜に住んでいるという。昔を思い出してなんとも言えない気分になり胸を締め付けられる。そこでことに及ぶが、kは痩せていて抱きついてもマッスや温度、手ごたえのようなものが感じられず、心は乾いたまま。何がないということになり、明け方の青ざめた住宅地をコンビニまで寄りそって歩く。その間もkはこちらの思いどおりの甘い仕草と声でささやき、夢なのか半覚醒のこちらの勝手な妄想か分からなくなって、自己嫌悪のようなうんざりした気分で目覚める。