コーヒーミルク海戦

 文庫本を積んだのを切り崩すと綿棒が何本もばさばさと溢れて出て床にまき散らされたのをみて何かに似てるけど思い出せなかったやつは、酒に酔った祖父が「日本海軍がバルチック艦隊を破った話」をするのに床に楊枝やら箸置きを並べていたやつだった、という断片が夢に出てきた。「おいらの名前は日本語でfragmentという意味なんだぜ」と深緑色の天鵞絨のカーテンで仕切った戸棚から煙草を取ってふりむいたダン・ペンが祖父の顔で外は夜明け前の闇だった。起きて顔を洗いなかなか点かない暖房の前で一服。このときの最初の半分くらいまでの煙草が一番うまいし、夢を思い出す時は軽い綿入りの袖無し半纏をはおるのがよい。フリースなどにくるまってじっと寒さに耐えていると一目散で逃げ出す夢に間に合わない。煙草が終わるころ暖房の温風の中にふたたび浮かび上がる夢の欠片をつかまえられる。欠片がつながって話になることもあれば、ならないこともある。夢の中ではサッカーのインテルの長友がどうのという話の中に、楊枝や箸置きを並べてロシア軍のバルチック艦隊を撃破した日本海軍を解説する酔った祖父の思い出が唐突にあらわれて、嗚呼あの床に散らばった綿棒か!、、と(これも)唐突に確信したのだけれど、目覚めてから改めてふり返ると全然似てないなと思う。かき混ぜたコーヒーに垂すと渦巻くミルクのように、夢や夢の中での考えは覚醒した直後から意識の表面を漂いはじめる。回転に目を慣らし白いままのミルクの模様を読み取る。煙草2、3本のうちにミルクはコーヒーにとけこみ、きつねのしっぽ色のエマルジオンとなり跡形もない。ダン・ペンと祖父も全然似ていない。(12/22)