とらとうさぎのよる


 寝ていると大きな地震。起きて寝ぼけたまま倒れそうなものを支えたりした後また寝る。起きると長い夢の余韻があるがきれいに忘れている。夜に散歩。広場を見渡すベンチで一服していると、ヘルメットとアメフト選手のような派手なプロテクターをつけた人が自転車(ママチャリ)に乗って現れ、誰もいない広場をすごい勢いでぐるぐる廻っていた。肩が大きく張り出したプロテクターは黄色と黒の虎柄である。カーブで自転車を傾け、手に持った金属の棒か杖のようなものを地面にこすりつけ、闇に向ってさかんに火花を散らしている。街灯の光の届かない静まりかえった広場のまん中に金属の擦れる音がとぎれとぎれに響く。その一部始終と、その様子をじっと眺める自分の心模様とを、なんだかわけの分からない気分のまま熱心に観察するが、けっきょく最後までわけが分からなかった。
 最後に自転車を降りた人が水場の方に歩いていくとき、びっこを引く片足が股下からキラキラと街灯を反射して光るので、それは義足で、地面に擦り火花をあげていたのは金属の足だったのか?と、それからまたあれこれと考え込んでしまった。あれは事故で足を失い気が触れてしまったライダーなのだろうか。4、50年前までその一体は広大な池で、広場も水の底だった。灯がぼんやりと照らす水槽を、虎柄のふしぎな魚が火花を散らして泳いでいるようなビジョンが重なる。
 それを写真に撮ってみると暗闇に黄色い残像が映るだけで、それがなにかの感じに似ているなとしばらく考えてみると、ちび黒サンボの虎がぐるぐる廻ってバターになるやつだった。ちび黒サンボという話を子供の頃に読んだか読み聴かされた記憶があって、どんな話かはまるっきり忘れたが虎がぐるぐる廻ってバターになるところだけはよく覚えている。子供心に「そんな馬鹿な」とか「こっちが子供だと思って、こいつはずいぶんな出鱈目を書くもんだ」と感じたから。それはさておき自分の視力は、このカメラの夜と昼の写りのちょうど中間くらいの感じなのだと突然思ったりした。

 それから、草と落葉でふかふかした森の方に入っていった。先を歩く大根泥棒が突然「うさぎだ!」と言うのでそっちを見ると風に揺れるコンビニ袋らしきのが落ちていたが、眼をこらすと本当にうさぎなので唖然とした。こちらが少しずつ近づくと、うさぎはのそのそと動いて遠ざかる。草を食べるかと思えばとつぜん思い立ったかのようにそこいらの地面を掘ったり。
 次々とわけのわからないものばかりに出くわすので、さっきの自転車乗りとそれを眺める自分を観察しああでもないこうでもないと考えていたことまでもがバカバカしくなった。「意味がどうのとか夢現がどうのとか阿呆じゃないですか、だって俺はここにこうしているんだからよ。いいからさっさとおうちに帰りなさい」とうさぎはずっと鼻をひくひくさせて、そうおっしゃっていた。(12/8)



 (部分)
 崖の上。黒い鉄の棒が頭上を越えて遥か先まで伸びている。果ては霞がかって見えない。そこに同じような黒い鉄の棒をかけてぶら下がる。少しずつ前進していくので、先に伸びる鉄棒は前方に傾斜しているのだと気づく。どんどん速度が増し、鉄棒の接着している部分が摩擦でオレンジ色に光る。「あぶない」と思っていると、いつのまに流線型をした高速鉄道に乗っている。天井まで届くカーブした大きな窓ガラス。外は雨で鮮やかな緑が窓の水滴ににじんでいる。低い律動音がするので列車は走っているはずだけど、水滴は流れず静的な雰囲気が窓辺に漂う。