ふみこのヴィジョン


 ぼけた視界がしだに像を結び明るい室内。ところどころ剥げかけた畳、ちやぶ台のうえにポツンと湯のみのお茶。そこは三宿の"陰鬱な森陰の泥沼に浮かぶ船のような長屋"の一間で、机に向かって書きものをする林芙美子の粗末な着物の後ろ姿がみえる。ぼんやりと湯のみの湯気の行先に向いたまま「いまだにラーゲリがどうのと書いているから読まれないんだらう」などと私が軽口をたたくと、静かに筆を置いた林芙美子はすごい形相でふりむき、剥いた眼には妖しい光が灯つている。猛然とこちらにとびかかつたかと思うや煎餅布団の上に私を押し倒し、倒れた湯のみがちやぶ台から落ち畳を転がる。羽交い締めにされ苛烈な勢いで犯されようとする私は陶然としたまま「いつたい、これは林芙美子のなんといふ小説だらう」と考へる。さうすると芙美子は「これは私の書いたものぢやない!」と吐き出すやうに応へ、ますます私の体を叩いたり噛んだりするのだつた。
 そこで目覚め、幻覚の続きをみようとまた目を閉じる。
 夕暮れの校庭のすみに鉄棒をみつける。逆上がりをしようとするが、食べた直後の満腹が鉄棒にあたらないよう、下腹部を軸に回ろうとしてもうまくいかない。それを見ていた巡回中の男たちがそばにやってくる。若い警官と年寄りの警官と若く見える年配の警官。「こうやってやるんだ」と、となりの鉄棒で逆上がりの手本を示そうとするが、老いた警官はうまく回れないので、あとの2人が手伝おうとそっちに掛かりきりとなる。鉄棒のうえで「逆上がりではなくて林芙美子の話の続きが気になるな」と残念な気持ちになる。(11/25)