方眼紙の中の散歩


 未明。食事に出るとみぞれ。帰りにはだいぶ雪らしくなっている。横断歩道ににじむ赤信号を車の往来が消したり灯したりするのを、ぼんやり眺める。理解できないタイミングで踏切が降りたまま回送車両がノロノロ通り過ぎる間、スクーターの運転手が「さっさと行けクソ野郎」などとずっと悪態をつく。後ろからまったく同感だと思う。商店に寄ったあと雑居ビルの非常階段をのぼり空き地を眺めて煙草を吸う。黒々とした空き地に真っ黒いダンプが停まっていて、雪にちかいみぞれが吸込まれてゆく。非常階段を水滴がずっと鳴らし続ける。持ち帰った缶コーヒーを湯せんにかけ温めて飲む。コーヒー味の甘ったるいお湯という感じがして味気ない。景色や温度、風の匂いや感触、五感への刺激がないとこんなものだなと感じる。
 その後、大雪になった。昼ごろに森ん中を歩く。向きを変えたり、うねったり、渦巻いたり、ふだん眼に見えない風や大気の動きを、雪が視覚化する。まるで巨大な方眼紙かグリッドのように雪を感じながら、どんどん歩いてゆく。雪は傘や体にぶつかってきたり、よけてすり抜けてゆく。空から降りてくる、際限ない立体的な方眼紙が体を透過し、腹の中のいつだかの食事や気がかりや不安な気分を計る気がする。街全体を包む方眼紙に、私の腹の中のものもいっしょに並べられるような、いつもと違う妙な手ごたえ。