ゴメイトー

 よふけ。暗渠の緑道で缶コーヒーを飲む。砂場のへりの石に腰掛けると尻から寒気がのぼってくる。立ったり座ったりをくり返し、煙草をすう。遠くのビルが屋上から蒸気を吐いている。生き物が呼吸するように間歇的に湯気の塊を吐き出す。それに街の灯が反射しゆっくりと夜空に飲込まれて行くのを眺めながら、考え事をしていた。
 さる方の日記に肝油ドロップのことが書いてあって、懐かしいなと思い出をたぐり寄せていた。

 G県に親戚の家があって、幼い頃、休暇になると家族で遊びに出かけたりした。車で出発すると到着するのはいつも夜遅くだった。高速道路を走り、S県に入るとうんこのような臭いがするので、「S県に入った?」と尋ねると「入ったよ」と父は答えた。しばらくしてうんこの臭いがなくなり「S県ぬけた?」と尋ねると、「ぬけたよ」と父は答えた。いつもきまってそういうやりとりがあったのをよく覚えている。これはべつにS県が肥やしくさいとか言いたいわけではなくて、たまたま道沿いがそういう状況だったのだと思う。
 G県の親戚の家は山の中のような、畑や緑に囲まれたところにある旧いものだった。庭の井戸のよこを通り玄関にはいると、なんともいえない田舎のような匂いがうっすらとした。その匂いが一番強いのが北側にある暗いお勝手で、そこから匂いは発生して家中を包んでいるような感じがした。南側に突き出すように小さくて瀟洒な応接間があり、小さなテーブルを囲むように置かれた黒い革張りのソファにはきまって白いレースの布がかけてあった。南東に向いて大きな窓があるその部屋はいつも明るく、光をいっぱいに満たした温室のような雰囲気だった。棚にルービックスネーク(蛇状のルービックキューブみたいなやつ)やら、大掛かりな知恵の輪みたいなやつやら、知育玩具のようなのがいろいろ置いてあって、それらが珍しくてよく遊んだ気がする。その棚のどこかに、肝油ドロップの缶があった気がする。
 肝油ドロップをくれるのは母の義理の姉にあたる親戚のおばさんで、このおばさんには普通となにか違う雰囲気を幼心に感じていた。それがG県の気質なのか、そこのいかにも田舎じみた暮らしに由来するものなのか、敬虔なカトリック教徒だからなのか、もっと他の理由なのかは分からないけれど、「このおばさんは、なんかほかのおばさんとひと味違うな」と子供ながらに感じていた。
 おばさんは私に、謎かけだか簡単な算数計算だかを質問し、私が正解すると「ゴメイトー」と言って肝油ドロップを一粒ずつくれた。「ゴメイトー」が「ご名答」であると知ったのは、私が大分大きくなってG県の親戚の家にも行かなくなってからの気がする。肝油ドロップのことを思うと、あの温室のような眩しい応接間と、おばさんの「ゴメイトー」が必ず一緒についてくる。
 ご名答と言うからには、おばさんは私になにか質問をして、それに私は答えていたはずなのだけれど、「ゴメイトー」の先のこと、いったいどんな質問をされていたのかが一切思い出せない。謎かけやら算数計算などというのも後から辻褄が合うよう、無意識に私が記憶を補正しているような気さえしてくる。どうしても「ゴメイトー」の先の記憶を遡ることが出来ない。あの応接間を漂っていた無数の眩しい光がちかちかと邪魔をして、そこでなにが起きていたのか記憶の底を覗き込むことができない。

 気づくと真夜中の暗渠の緑道の景色に意識がもどり、冷たくなった缶コーヒーを飲み終わろうとしていた。かつて川だった夜の真黒い流れの上に、自分が浮かんで座っているような不思議な感覚で、遅れてすぐに寒さのことを思い出した。このまぼろしの夜の川と自分の記憶の流れが重なったような気がして、はるか上流の水源地にはおばさんの「ゴメイトー」がぽっかりと黒い口をあけているような、そんな不思議なビジョンが視えた。

(一月下旬記ス)