おかゆと爆撃機


 寒い雨。いちおう寄ってみたが、公園のベンチも濡れていて腰を下ろして身を落ち着けられる場所はなかった。大きな木の下でなんとなく雨をしのぎつつ、缶コーヒーを飲む。だいぶ黄色くなってきた木の葉が雨に濡れていて、とてもきれいにみえる。巨大なビルの上の方は霧にすっぽりつつまれている。
 景色を眺めるような姿勢でただ呆然としていると、「鬼束ちひろ、コッコ、椎名林檎を密室に閉じ込めたら誰が生き残るか」みたいな某所のスレッドのことを唐突に思い出した。いつだったか、そういう話題を見たことは覚えているんだけど、どんな内容だったか思い出せない。ワタスはそのお三人のことをほとんど分からないし、興味本位だけでその話題を眺めて、また誤解を深めてしまったような気になったが、今こうしてぜんぜん内容を覚えてないので、ぜんぜん心配なかったみたい。
 脳味噌が溶けて鼻から流れていくのをただ眺めるような日々。

オーダーメイドの飴

 ちかごろ、ただ糖分が欲しいとかいう無粋な理由で、飴を買ってなめていることが多い。黒飴とか塩飴とか、それから安くて大量に入ってる子供用のフルーツの飴。
 ついこの前は、台に寝かされ、開けた口に溶けた飴を注ぎ込まれ、ワタスの口型の大きな飴を作ってもらうという夢を観た。おお、これがオーダーメイドの飴というやつか!などと喜び、出来あがった大きな飴をほおばると、これが当然のようにぴったりと口内にフィットして今までにない感覚。鼻で息をすればいいんだけど、なぜか慌ててしまい「息が出来ない!」などと悶え苦しんで眼が覚めた。
 なんつうか、せめて夢くらいもっと突飛なことが起きればいいのに、と思うんだけど、ふだん飴をなめているから夢に飴が出てきたり、もっと飴が欲しいと思ってるから飴が巨大になったりと、なんだか現実と夢が地続きすぎて、いよいよワタスの想像力というやつがギリギリのところまで枯渇してきてるんじゃなかろうかという気分になった。
 相変わらず夢は見るんだけど、記録するのはやめていた。めんどくせえからだ。
 「夢を記録し続けると気が狂う」という話をどこかで読んだけど、適当にやるならまだしも、あまり根を詰めて熱心にやると、確かにそういうところもあるのかもしれない。ワタスも何回か書いた気がするけど、幻を仔細に観ようとピント調整の練習をすると、今度は現実の方に簡単にピントが合わなくなるというか。見えている物は同じなんだけど、解釈が気違いじみてくるというか。。
 人様からすれば、ワタスみたいなもんはもう充分気違いの部類なのかもしれないけれども、なおいっそう熱心に夢を記録し続けたら、より本格的な気違いにでもなるのだろうか。でもワタスにはそんな根性もない。本格的な気違いはきっと根性と執着心を兼ね備えている。



おかゆ爆撃機

 夜。午前4時前に起こされる。まだ外は雨。
 旅先では80近いワタスの祖母と同室だった。夜、なかなか寝つけず、数時間に渡って昔の話を聞いた。戦前から戦時中、戦後直後のワタスの祖先の話。ワタスの家は本家と断絶しているので、なかなかそういう話を聞く機会がないから、いつも結構熱心に聞く。なんで自分が祖先のことを気になるのかと考えるけれど、はっきりとは分からない。自分の無気力さを自分の血のせいにしようとしているのか。祖先に自分と似た人がいないか。もしいたら、その人はどんな人生だったのか等々。
 よく祖母がする昔話でワタスの印象に残っているのは、むかし、○○書院という中国語の学校があって、そこの校長をしていた先祖がいて、某皇帝の弟の溥傑が日本にいる時に家に泊まっていったとか、ワタスのおじいさん(祖母の夫)が子供のころ、その校長の部屋に飾ってあった大きな槍を庭で振り回して遊んでいたらものすごく怒られたとか、おじいさんの母は武家から嫁にきた人で苛烈な性格で般若の面のような顔をしていただとか、戦後になってから本家の屋敷に遊びにいったら、その般若の曾祖母に人非人扱いされ、裏口から入れなどと怒鳴られたとか。。
 そういえば数年前、ワタスが廃墟のようなビルをうろついていた時、○○書院という同名の古びた中国書籍専門店が未だに営業しているのを偶然見つけて、感慨に耽ってしまった思い出がある。なんだか引き寄せられたような気がした。

 戦争中の話はいろいろ酷いことがあるらしくて、なかなか全部を話してはくれない。たとえば子供の頃に祖父は軍で中国語の通訳をしていたと聞いていたが、ワタスが大きくなってから聞くと特務機関だの諜報部だのと訂正された。なんとなく隠していることが察せられたような気がした。
 新しく聞いた話で印象的だったのは、戦中、祖父と祖母が軍属として中国にいたころ、お昼になると中国人は外でおかゆを食べていたという話。米を食べるのを自慢するためにわざわざ通りに出ておかゆを食べるという。そしてお昼時になるといつもサイレンが鳴り、ロシアだか連合軍だかの爆撃機が街を爆撃するんだけど、それでも中国人はおかゆを食べるので、爆撃が終わると通りで沢山の中国人がおかゆを持ったまま死んでいたそうな。