羯諦


 よく晴れた昼間、5mくらいの大きな石の塀がつづく路地を歩いている。力を抜くと身体が宙に浮き、塀を越えてゆく。広大な芝生の庭の先に、池と神社のような建物がある。さらに力を抜き、10〜15mくらいまで上昇する。そこから横方向に飛ぼうとするが、思いどおりの速度が出ず、のろのろと池の上を越えてゆく。空は真っ青で、神社の屋根瓦の緑青のような緑色がくっきりと映えている。神社の正面の方に廻り込み、開けた参道のようなところに下りる。白い石畳に光が反射してキラキラしている。眩しいくらいの明るさ。遠くの方にぽつぽつと車や出店らしきものが見える。人も少し歩いているようだが、石畳の強烈な照り返しのせいで判然としない。そんな夢だった。

 ヂョー母さんの夜配信を聴きつつ、なんやかんやするうち、いつの間にか寝ていた。気がつくと明け方近く。やんご先生やらボ先生の放送を聴きのがし、ぐったりするなど。やんご先生はついこのあいだ聴いたばかりだったので、こんな短いスパンで来るとは思わず、完全に油断していた。。
 午后遅くから民生食堂まで食事に出かける。少しでも自転車を停めて静止すると、あっというまに熱気につつまれ汗が噴きだす。帰り道、いつもの神社で缶コーヒーを飲んでいると微妙に腹がユルい感じだったので、そそくさと帰投。風を切って走るのは涼しいんだけど、腹痛の方もさざ波だったのが急激に大津波になって暴れ出した。帰宅し間一髪でトイレに突撃。
 明くる朝、サッカーU17のブラジル戦を眺める。いろいろ言いたいことはあるんだけど、全部愚痴なのでやめる。健闘しました、お疲れさまでした。何かの短い英文を和訳して、タンブラーみたいなのに毎日投稿する夢を観たんだけど、起床してすぐにサッカーに釘付けだったので忘れてしまった。

 各国の国名の語源を和訳した世界地図(http://blog.livedoor.jp/meaningless88/archives/2494989.html)というのがおかしかった。それぞれ、イイ味出してたり、身も蓋もなかったり、ワケ分かんなかったり、ひとしきり眺めてニヤニヤした。

 前に日記に書いた、ボロボロの紙袋にシャネルのマークを描いてpixivに投稿していた探し人らしき人物を、近頃タンブラーで発見した。(http://gyatei.tumblr.com/) 多分この人だと思うのだけど。。相変わらず狂ってるなあと感心しつつ眺めた。タンブラーでもちょくちょくキチガイっぽい人にぶつかるけど、この方のキチガイっぷりはなんつうか「丁度よいキチガイ」というか、「チャーミングなキチガイ」というか、「痒いところに手が届く感じのキチガイ」というか、なにか絶妙な感じがする。この場合の「キチガイ」は、ワタスが自分のことを言う場合のダメな感じの「キチガイ」ではなくて、もっとポジティヴで本格的な「キチガイ」なので、いちおう褒め言葉です。

 「絵が上手いとか、プログラムがスゴイとか、文章力があるとか、そういうのは、リアルで人と関わってるより、画用紙やらPCやら原稿用紙に向かってるほうが楽しいからそういう能力がつくわけで、対人スキルに優れた人は、この辺の能力に欠けるんじゃないかな、という見方はしちゃうよね。(違)」という、タンブラー経由で流れてきた言葉*1について、あれこれ考えていた。
 かといって、そういう特技を職にした場合、その能力と同じくらい(というか、それ以上に)人付き合いが重要だというのはうんざりするほど身にしみたし、どのみち能力をうまく発揮し生かすためには、やはり人付き合いのスキルが必要なんだよなあ。。それこそアーティストにでもならないかぎりは。。などと感じる。。
 ただ、この人の言ってることがなんとなく理解できるような部分もあって、絵でも文章でも音楽とかでも、キチガイ系というかへんな集中力がみなぎってるような創作物の、なんか一線を越えちゃってる雰囲気というのは触れてみると実際に感じるし、そういうのを作り続けてる人の創作上の際立った集中力というのは、健常な対人交渉のスキルを代償にしているんじゃないか?と、つい勘ぐりたくもなる。
 関連して、また別の某氏の「人付き合いの上手いDJのラジオが面白いわけがない。」というつぶやきも、芋づる式に思い出す。(上の文脈的な)健常な人付き合いを損なうほど配信に没頭し、集中しているから配信が面白くなる、とか、たんに対人スキルの未熟な人が手探り状態で配信(人付き合い、というかリスナーとの関わりあい)でもがくのが聴いていて面白い、とか、「ねとらじ」という皮をかぶった「人付き合い」ではない自立(自律)的な配信を聴きたい、とか、、改めていろんな意味合いで取れる言葉だなあと。。
 それではまた。