水道水

 コンビニにもスーパーにも食材がない。備蓄食材もそろそろアレなので、やばいねえという話になる。
 ペペロンチーノにシーチキンとなんかのキノコを入れて食べたら、ボンゴレビアンコみたいな味がした。シーチキンの海鮮風味を吸ったキノコが食感のせいで貝みたいに感じたみたい。一般の味覚だとどうなのか分からないけど、飢餓状態のポンコツにはたいそう美味しく感じられた。

 よる。油断していたら、また音楽配信がやっていた。気づくのが遅かった。そのあと、もう一個やっていた配信を聴きながら、サッカー観たり。もう一個の方は体育会系ぽいっつーか、生来の集中力の無さ加え加齢でさらに不真面目度が増したポンコツ野郎であるところのワタクスには若干シゴキ系だった。ああいうのが世の中的にはアレなんでしょうけれど。。そこであらためて某配信は「部活」と称してるけど、余裕で帰宅部系なのがなんだか可笑しく思えた。
 ちなみにサッカーはものすごくつまらない試合で、思わず寝そうになった。

 某配信のセットリストをキャプチュアしてる画像を眺め、そこに広田レオナと馬の骨があって、そこで、まさかねえ、、などとポンコツが思いめぐらす。ふつう、広田レオナなんかかけるかなあ。。

 震災直後、空のペットボトルに水を貯めていた。
 タンクなんか持ってないし、手頃なバケツもないし、ユニットバスだから風呂に貯め続けるわけにもいかず、そこら辺に転がっていたゴミのペットボトル数本に水を貯めていた。一応の気休め。その水貯めペットボトルから発展し、ちかごろは沸かしたお湯をペットボトルに入れ、湯たんぽにして胯だの腹に入れて暖をとっている。大根泥棒氏が節電とかいってエアコンを消すから寒いのである。
 ペットボトルに貯めた水道水を眺めていて、ふと「水道水を飲んででもレコードを買え」などと説教じみたことを申されるレコード屋さんのことを思い出した。いや「レコード屋さんたち」と書くのが正確だろうか。それぞれ別々のお店なのに、なぜか「水道水」という言葉を共通して使うのが不思議だった。アレな客に対する、そのすじの業界用語なんだろうか(笑)。
 説教じゃなくて、お店のレコードの値札を正統化するような洗脳、、じゃなくて、ただの狂気の世間話。よく「自分は、普段の飲み水は水道水。そのくらい節制して情熱をもってレコードをアレしてます」みたいに話されていた。当時は「いやあ、べつにそんなこと言われなくても、自分はもともと貧乏で普通にそうしてるし、欲しいレコードは欲しいし、別にアレなのになあ。」「あえて口にされると胡散臭いよなあ」なんて思いつつもニコニコして聞いていたけれども。。 それに、当時のワタスは何を聴いて(試聴して)も「わーいいですね!」とか「やばいですね」などとアレなテンションで連発していたから、向こうもつい口がすべって、だったのかも知れないけれど。
 アタスが勤め始めたころだから、もう10年以上むかし。とある街のとあるレコード屋さんによく通っていた。早く終われば会社帰りに、ひどい時は昼休みに電車で移動してまで通った。暗く薄汚れた雑居ビルのエレベータを上がり、重い金属扉を開けると、レジの奥から店主がまるでこちらを値踏みするかのような視線を送って出迎える。いまでも思い出すが、あれはとても独特な、印象的なまなざしだった。
 何度も通い、あれこれ言葉を交わしたり買い物をするうち、今度はこちらのリクエストにあれこれと店主が選んでくれたレコードを試聴するようになっていた。。 夜に行くと、たまに自分以外のお客さんがあるときもあったけど、平日の昼に出かけるとだいたいお客は自分独りみたいなお店だった。だいたい一回で10〜20枚、多い時は50枚ちかく、あーでもないこーでもないと試聴させてくれた。。
 ひとしきり悩んだのち、レジに行くと店主の有り難いうんちく話(皮肉ではないです、好きで聞きたい話)。そしてアタスが財布と相談しながら迷っていると、さきの「水道水」みたいな話がついに開始されるのだった。
 「水道水」の話をするときの、あの店主の独特の眼差しの奥にきまって宿る不思議な光を、いまだに忘れられない。