じしん


 水。
 自宅近くの踏切を通りかかると、ホームレスと一般人の中間みたいな雰囲気のじいさんの二人づれがいて、ワンカップ片手に騒ぎながらよろよろと歩いていた。一人が突然踏切の真ん中に寝っ転がり、またわめきはじめる。もう一人が、それをなだめているような感じ。ああ、なにかやってるなあ、、と横目に観ながら通りすぎたのだが、よく見ると遮断機は下りている。ただその時、カンカンという警報は鳴っていなかった気がする。。あたりは妙に静まりかえっていて、じいさんたちの声だけが響いていた。
 小春日和のいい陽気、あたりは穏やかな陽射しがきらきらする中、踏切の中でじゃれあうじいさん二人。あまりにも長閑な感じだったので、なにが起きているのかよく分からなかったのだが、、ああ、なんかやばいんじゃないかこれは、、とのろのろと考えつつも足は離れていった矢先、自分の背後からどこか近所の工事現場の作業員二人が追い越して走ってゆき、下りた踏切を飛び越し救出に向かった。自分はそのまま立ち去ったので最後まで見届けられなかったが、帰りにまた同じ場所を通ったら普段通りの風景だったので、大丈夫だったのかな、、と思った。
 あの時、自分はなにか行動するべきだったんだろうか。ああじいさん、もうあれこれ終わりにしたいんだろうなあ、、なんとなく気持ち分かるわあ、、などと、じいさんの人生のことなど一切知らないし気持ちも分かるわけもないのに、一瞬そんなことを頭によぎらせつつ、ぼけーとしたまま素通りしてた自分は相当アレだったのだろうか。。帰宅してからずっとそのことが頭をぐるぐるした。

 木。
 里へ下り、上京中の父と会う。あれやこれや。そのあと、お知り合いにアレするためのレコードの相場がどんな具合なのか見物してみようと、別の里にて中古屋をはしご。ふと気がつくと、どうでもいいような数枚の邦盤7吋を手に夜の往来に立っていた。この期に及んで、いったいどうなってるのか、頭がおかしいんじゃなかろうか。帰宅途中、遠くの里の灯をながめつつ公園のベンチでしばらく呆然とする。
 帰宅。真夜中を待ち、どうでもいいような7吋に一枚ずつそっと針を置いてみる。想像していた以上にどうでもいいような内容だった、風評やら人の賛辞なんて当てにならない。むしろ惨事だったのを確認しつつ、いつかまた確認したくなる日までさようなら、、と、スリーブに戻しそっと棚に納めた。

 金。
 午后、でかい地震来たる。じっと様子を窺うべきか、すぐさま避難すべきか、なにをどうするかワケもわからないまま、気づくとほとんどやけくそな気分で、壁際のレコード塔を両手で押さえ倒壊を防いでいた。その間、棚からCDが飛び出したり、棚から正体不明の箱が落ちてきたり、皿やら瓶が落ちて少し割れたり。どうにか落ち着いてから、片付ける。自動停止したガスの元栓をあけ、お湯が出るありがたみを感じながら顔を洗い、いつもどおりに復帰。テレビやらネットやらで被災地の動向をじっと見守る。

 土日。
 気分が落ち着いたので、書いていた数日間の日記をまとめておく。
 踏切の中で寝っ転がるじいさん、どうでもいい7吋、呆然と眺めた遠くの街の灯、そして、激しい揺れとやけくそな気分、無心で押さえつける両手の中で暴れるレコード塔の感触。。。 ふりかえってみると、ここ数日の出来事がどこかで繋がっているような、かけらのような出来事の一つ一つが、私の部屋にもやってきた地震(いろんな名前を目にするけれど、結局どの名前に決定したんだろう)のその瞬間に向かって収斂していくような、、不思議な何かを感じたんだけれども、それがなんなのか、うまく考えがまとまらない。気になって、すぐテレビやらネットで被災地のことばかり、じっと見てしまう。
 きっと電源を消せば、暗いモニタに映るのは、画面が不断に伝える非日常的な景色の麻酔効果を貪る一人の惨たらしい中年の姿である。画面に色と光がおどっている間はそれを見ないでいられる。