知の早朝バズーカ


の朝11/11。雨音とノイズの向うからjkが語る諸般の調べ。クレージートーク部分で何度か噴く。いつになくハマっているような、朝っぱらからとっくりとjkの術数にすっかり陥ってるかのようでヤバいなあ。。と自分が心配になる。口中にイガ栗を入れるくだりから「スターウォーズの空に浮くスクーターに乗って林の中を逃走、オビワンケノービにゲートボールを習い80で見事優勝」までの目くるめく展開はまさにjkの真骨頂というべき口からでまかせスペクタクル。耳もとで炸裂する「知の早朝バズーカ」とでも称したくなる鮮やかな手管と瞬発力をいかんなく披露されていた。しかしなぜjkは朝からあんなに元気なのだろう。 クレージートークの最中に出てきたモンブラン。たしか仏語で白い山の謂だが、某スジでは白山神社の隠語としても知られ、(賤民という意味合いではなく、江戸期以前の異能集団としての)非○別階級と白山信仰の関係性などは個人的に興味が尽きないところだ。そういえば韓国の非○別階級は白丁(ぺクチョン)、白という色にはなにかがあるのだろうか? アルビノ、白子、劣勢遺伝こういったものもちらちらと頭をかすめる。
 引き続きオガーさんのラジオ拝聴。今週も「オガーさんやってるな感」をしっかと拝受する。タイトルが「東京ラジオ」でブログのアドレスが"america.radilog"で、今週は飲食店の○○をひっくり返すご友人の話と、つくづくオガーさんの紡ぎ出す「やってるな感」には一貫したものというか、終始ブレることのない、立ち上げから今日に到るまでさし貫かれたぶっとい芯というか、深いテーマ性を感じる。そのテーマこそが「やってるな感」みたいなものなのではないだろうか?などと昨今はもっぱら「ねとらじ不能原理主義」(n.r.i.f. netradio incapacity fundamental)を標榜する不肖うまのほねなどは考えるわけなのだが、「『やってるな感』に特化したねとらじの機能性」という面にも改めてフォーカスしつつ今後のオガー氏の配信に刮目していきたい。そういえばインキャパシタンツという音楽家もいたと思うけど、寡聞にしてどんなアレなのかついぞ耳にしたことがない。やはり不能感垂れ流しなのだろうか?とヨーツベで観てみたら案の定いきなりブリ〜とかピーとかいってていかにも「オイラ表現してまっせー」的な高級感を振りまいておられたので10秒で閉じた。己の不能と真剣に向き合うつもりはあるのか? あのような高級感垂れ流しで不能を名乗るとは不遜な態度とは言えまいか?
 「やってるな感」と言えば、先の「冴えない感じを周囲にふりまいて生きてます」という物言いに近似を感じた○タ氏の日記の画像が「手製ラジオ時限爆弾」といったヤバそうな雰囲気を漂わせておられて戦慄した。たとえばすし詰めの満員電車内で、某AV嬢配信のクライマックス部分やら、はたまた某jk氏が絶好調で語るホログラム論やら、なにかそういった「なるべく独りでこっそりと聴いていたいようなもの」が急に爆音で流れ出すとか、不意の国家権力からの職務質問、手荷物検査などに遭遇した状況下であのラジオ爆弾が出てきたらだとか、、そんなもろもろの想像が、ねとらじ半笑い金太郎飴ことうまのほねの元々だらしない相好をますますもって崩壊せしむるのである。
 ちかごろは新規に聴き込めるような話者をもとめて(わりと意識的に)彷徨っているのだけれどなかなか難しい。耳をひそめて固唾を飲んで次の決定的な一言を待つような、そんな祈るような敬虔な気持ちで対峙したくなるような配信、第二の師匠やらやんごとなき方を求めて。。

Download Clair / the Singers Unlimited ('75)

 名手ギルバートオサリバンの「クレア」の独のコーラスグループによるヴォーカリーズカバー。秋に聴きたいしみじみとした仕上がりですね。