朝からだつりん


 ここんところアホみたいに長文日記が続いてて、さすがに「なんなんだよおれは」と思ってたのでここを読んでくだすってる私の魂の救済者で在らせられますところのありがたい皆様がたにおかれましては、よりいっそう「意味わからねえよ長文読むの疲れるからやめろよバカ!」という感じなのではなかろうかと存じ上げます。すっかり秋めいてまいりましたどうもおはようございます亡者です。ここを始めた当初は「ねとらじに附随する日記」という理念があって、日記はできるだけ簡潔に書くように心がけて(それと同じ内容のことを)ラジオで饒舌な感じに喋る、みたいな身の程知らずなコンセプトすらあったのだ今思えば。そういうふうな問題意識をもって取り組めば、日記もラジオ配信も、書くのも喋るのも、どっちもヤリガイを維持出来るし、あわよくばやってみて初めて気付くような相乗効果みたいなのもあるんじゃねえか?とか都合のいい思いもあったわけだけど、いまこうしてねとらじ配信するすべを失ってみると車の両輪だった片方が脱輪して全力で同じところをぐるぐる回ってるような、ねとらじで吐き出せないぶんのシワヨセが日記の方にきてやたら長文になってるんじゃねえかこれ、自分でコントロールできてねえんじゃねえか?おっかねえな!という不安があるのである。だからなるべく力を抜いて適当にやりたいと思っている。
 オガーさんのラジオを聴く。いつもより元気がない感じだったけどあいかわらず面白かった。なんとなくオガーさんがラジオで出てきて喋ってるのを聴くと安心するんだよね。「あ、やってるなオガーさん」ていうのがある。べつに私はオガーさんの後見人でもなにものでもないわけだけど、オガーさんの話を聴いているとなにか知らず知らず安心してしまうところがあるように思う。不思議だ。やはりある程度の期間、オガーさんの文章や行動記録からオガーさんのオガーさんらしい考えに触れてるから、なんつうか自然と共感してしまうところがあるのだと思う。そんでオガーさんのラジオについてそのつど毎回書くのもどうかと思ってるところはあって、フレーズサンプリングしたりあんまり書きすぎたりすると、放送する方も(よくない意味で)意識されるかなーというのもあるんだけど、どうも放送を聴いてると「反応がうすい」のを気にされているようなところもあるみたいなのでやっぱ書いた方がいいのか微妙だなと思う。好き勝手を承知で書かせてもらうなら「反応なんか知らねえよやりたいようにやってクソして寝るだけだよ!」くらいの破天荒さでもって今後とも突き進んでいただきたいと思っている。「キャノンボール」っていうネーミングに無意識的にそういうキャラクター像を求めているリスナーは多いと思う。拝聴していると細かいところでミクソイの方とかに気をつかわれていたり大人ってたいへんだなと思う。ふつうのねとらじだとリアルタイムで掲示板に書き込みもあるけど、オガーさんのは収録放送だからその辺の手応えもないし、なかなか難しいのだろう。ただ、公開収録というかリアルタイムで掲示板への書き込みを募りつつ実際に放送してみて書き込みがない方が結構やってる方は辛かったりもするし、そこら辺はなんとも言えないのかもしれない。一度掲示板を設けてやってみるのも面白いのではないかと思う。パーマネントにとかじゃなく試みとして一回やってみるとか。放送に飽きてきたと仰ってたのもあるけど、そういうリアルタイムで放送内容が変化してく感じとかハプニング的な要素を取り入れたら、また意欲が甦るかもしれない。ああでも放送時間が長くなるとブログに載せられないとか、あとで収録したものを聴く人の負担がアレとか、いろいろお考えがあるのでしょうね。その他、内容についてあーだこーだっていうのは特にないんだけど、えんえんポップカルチャーについて好きなことを語りまくるようなかつての「モリモリ山盛りnight」みたいな放送もまたしてもらいたいなと思っている。
 そのオガーさんが「圭修は多分シューゲイザーであろう」と書かれていて素晴らしかった。いろいろな音楽のジャンルがあるけれど、まあシューゲイザーは音楽的な内容からくるカテゴライズというよりただの呼び方、もっと言ってしまえば商売用の売り文句という感じがして昔からいけ好かないシューゲイザーという呼び方もシューゲイザーと括られるアーティストも「シューゲイザーいいよ」とか言ってる連中も、ゲイズしてる靴もまとめて燃やして燃料の足しにでもしてほしいくらいに思ってたんだけど、圭修シューゲイザーをあえて並べてみるオガーさん流儀のポップカルチャー批判に、洗練されたレトリックを感じた。

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