天国みたいなお天気

 大部分が崩れて尖塔のようになってかろうじて建っている10階ほどのビルがあって、その中層の一室にいる。壁の隙間の至る所に何かの書類のような紙切れが詰めてあって、よくみると崩れた壁と柱の間の空間にも断熱材のように何かの書類らしき紙がつめてある。詰めてあった紙切れは床一面に散らかっている。
 締め切りのカーテンで部屋は暗いが、外の明るさの気配が透けて伝わってくる。金属の骨組みのベッドがあって、そこで私は痩せた目の細い女と交わっている。女の髪は細く潤いがなくパサパサに乾燥しているように見える。触ってみるとさらさらしていて、なにかに似ているなとしばらく考えると、子供の頃、家の車のリアウインドウのところに置いてあった羽根箒のことを思い出した。
 女はとてもやせ細っていて、私も痩せ細っていたので、骨と皮だけが折り重なってギシギシ音を立てるようなやるせない感じがした。庭に落ちた枯れ枝を拾い集めて紐で無理矢理束ねたやつに似ているなと思ったし、カタコンべのような地下の納骨堂の壁龕で折り重なる遺骸のように自分の性行を外から眺めている気分もあった。ゆっくりと波打つカーテン表面を、荒い生地の隙間からもれる外光が玉のように転がり踊っている。窓際から、とても強い外の光と微風の気配がさざなみのように染み込んできて、部屋の中程で動きは絶える。
 女は素朴な響きの素朴な内容の言葉を話す。それが骨と皮の折り重なりの隙間に充填されていき、肉や脂肪の代りとなっていくように、だんだん楽になっていくように感じる。それから空腹のことを思い出し、このビルの一階に入っているカウンターだけの定食屋のことを考える。カウンターに積み重なったどんぶりや、大きな提灯が頭をよぎる。
 気がつくとビルの最上階にいる。最上階にはトイレがある(それかトイレだけが崩れずに残っている)。男性用の小便器一個とそこに立つ床だけが崩壊を免れて残っている。そこで用を足しながら窓の外を覗くと、空が澄みきってとても青くキンモクセイの薫りのする爽やかな風が吹いている。流れてくる風が光を発しているよう。少しずつ異なる角度の風が幾層にも折重なっているふうに見えて、流れる角度によって風の背中の部分を伝うように空の光を反射する。
 覗いている窓のある階下から渡り廊下が前方にまっすぐ伸びていて、隣のビルか、崩れなかった同じビルの残骸かに向かって伸びている。その渡り廊下の屋根が真っ白く光っていて眩しい。渡り廊下の終わりに向こうの建物に繋がるドアがあって、そのドアも真っ白く強烈に光を反射している。(10/20)