あのときの浮浪者

 会社勤めのころ。毎朝自転車で4、5kmの通勤途中、二人の浮浪者を見かけた。
 一人は年配の浮浪者で、たくさんの荷物と一緒に、道路の分離帯の芝生に寝転び日向ぼっこしているのをよく見かけた。のどかな雰囲気だったので、眺めてはいつもちょっとうらやましい気分になったりした。
 もう一人は自分よりも若い感じの浮浪者だった。
 最初に観たころは、自分と同じような少し汚い青年が陸橋の下に座り込み、とりあえず雨風をしのいでいるという風情だった。半年、一年と時間が経つにつれ、若者の髪やひげは伸び荒れ果て、衣服は汚れぼろぼろになっていった。そしていつしか誰がみても浮浪者といった貫禄のようなものを帯びていた。
 若者はいつも同じ場所、陸橋の下の暗がりに体育座りのような格好でうなだれていた。もっと楽な姿勢があるような気がして、いつもそれが少し不思議だったが、今は様々な事情、というか彼の「気持ち」のようなものをなんとなく想像出来る気もする。朝に見かけ、その夜、自分が退社する時も、そのままの格好で同じ場所にうずくまっていることもしばしばだった。遠くから見るとまるで置物のようなのだが、通り過ぎる際の一瞬の至近距離においては、きちんと生気を感じることが出来た。
 陸橋の下は30mくらいのトンネルになっていて、うす暗く、晴れの日も雨の日もだいたい同じような環境が保たれていた。トンネルの壁面はおそらく落書きを幾重にも上塗りした結果なのだろうか、不自然なくらいつるつるに塗装されていて、そこにトンネル出口の光が長く反射し、日中はいつも冷たく乾いた感じに光っていた。中世バロック期の貴族がカタツムリの殻の内部を模して作ったとかいう人口洞窟、グロッタなどという言葉が、当時は暢気に頭をよぎったりした(いまにして思えばそんな自分の暢気さこそがしみじみとグロテスクに感じる)。そんな、ちょっと舞台装置じみた回廊にうずくまる浮浪者のシルエットが、逆光に浮かび上がる。その劇的な効果に誘われて、何度か、思わず遠くからカメラで撮影したことがある。

 最終的に、若者がどうなったのかを知らない。若者がどうにかなる前に、それを暢気に眺めていた自分が会社をクビになった。むかしデジカメで撮ったあれこれを整理していたら、件の画像が出てきた。
 それを眺めながら、あのとき自分が考えなしに撮った浮浪者は、未来の自分の姿だったのだのかしら、、というようなことをなんとなく考えていた。



 未だどうにか生き残っております。おめでとうございます。
 ひさびさにここに来てみて「イラストがどうのこうの〜」とかいう数ヶ月前の自分の日記を読み返し、いったい、なんなんだろうこの人は、、と人ごとのように思ったりしていたところです。
 去年の冬くらいから右のパソコンが本格的にぶっ壊れた。電源がついてもシステムを探し続けたまま、起動しない。がんばれば対処出来るのかもしれないけれど、未だがんばっていない。右のパソコンがダメになってしまい、絵を描いたり音源をアレしたり、いろいろな工作っぽいことが出来なくなってしまい、さびしい。工作環境があっても、ぐうたらで何もしないのかもしれないけど、環境自体が無くなってしまった、そのことを考えるときだけ、しみじみさびしくなる。
 それからパソコンのメールやら、なんとか郵便局も見れない状況です。万が一ご連絡いただいていたらすみません。見れておりません。。
 左のパソコンでは、ネットを観たり簡単なテキスト編集くらいしか出来ない。絵が描けなくなってから年末まで、その時間をtransformiceというゲームで浪費したりしていた。ねずみの群れがチーズを争奪しつつ、"ファック"とか"シット"とか"ヌーブ"だとか罵詈雑言を垂れ流すという雰囲気のブラウザゲーム。ますますどうしょうもない。自分は最低の人間だ。絵みたいなものを描いたり日記を書いたところで、ゲームで悪態を垂れ流すのと大差ないような気もするが、そこに反省のふりさえないぶん、やはりさらに最低だ。モニタの向こうを走り回るねずみの馬鹿馬鹿しさは、不能で役立たずの自分の姿そのままに思える。

 今年は(たぶん)十年ぶりくらいに正月を実家で過ごした。古新聞で家中の窓を拭いたり、まともな食事をしたり、テレビを観てごろごろしてすごす。姪っ子(幼児と赤ちゃん)と接したり、冬の澄んだ空気に枯れ木の色まで妙にくっきり浮かびあがる山の景色に、おだやかな気分になったような気がしたりした。子供のころは山なんか観てもなにも感じなかったけれど、中年になってから実家に帰るたび、一番向こうで山ががっつり風景を支えていることに妙な安心感を覚える。自分で書いていてうそくさいけれども。山が見えるたび「おお、山だなあ、、」などといちいち思うようになった。それから姪に複雑な気分でお年玉をあげる。五百円玉。類い稀なるテンションにて「なんちゃら♪トリスをいれるだけえ」とか言ってるテレビCMの女のこが、なぜかかわいらしく思えたりする。