玉とあけびの夜


 夜半からの雨が磨きつづけるほの白い乱反射の夜明け。窓が戸外に折り重なる鈍角光線を標本に集める。
 やるせない気持ちのまま「jk氏の哲学漫談でもやってないかしら」とねとらじをつけたら、まだ明けやらぬ早朝の雨のさざめきの向こうから、突然jk氏の声が降り注いだのでびっくりした。あれ、撤退したんじゃなかったっけ。。念が通じちゃったのだろうか。それともこれぞ出ましたシンクロニシテーじゃあるまいか、などと色めきたつ。ぬさもとりあえず録音し作業してみる。久しぶりの生声にだいぶ没入してしまったようで、しばらくしたら頭がぐらぐらした。リホーの時も最初はそうだった(けど、二回目は大丈夫だった)し、いい加減な心構えで作業に入って素材との距離の置き方を見失うとぐらぐら目眩がしてくるみたい。反面、ぐらぐらしない作業というのも、それはそれで、たんにルーチン化してしまってるような気もするんだけど。

 昨日、ワールドカップ批判のレトリック云々てことを書いたあと、折しもヘ先生の新着投稿がワールドカップがらみで、またもや、すわっとしてしまった。毎度おなじみシンクロニシテーである。 読んでみたらさすがへ先生、ワールドカップをいくらバカにしようがまったく不愉快に感じないので、やはり文章しだいなのだなあという思いを深めた。ヘ先生の240文字あまりの文章だけど、ワタスが読んでイラっときたものに比べたら、なにか文章にこもる情熱のようなものがまるで違うのである(批判云々じゃなくて、おそまつな文章自体にイライラしてたみたい)。まあ、ヘ先生のは批判つうかワールドカップはあんま関係なくて、どっちかというと虫の交尾メインなんですけども。なんですかね。ああいうの見ても、やはりヘ先生が取り組まれると(この前書いたとおり、日頃の行い(記事)のせいで)「人間讃歌」みたいなものを感じてしまう。「人間じゃなくて交尾をしてるのは虫じゃん」て話だけど、なんだろう「今、私の目の前で小さな交尾をしている。虫が交尾をして(やはり同じように日々交尾をする)私の目に映る、小さな生き物の生(性)の営み。嗚呼、生きるってすばらしい!」みたいなふうに見えてしまうのである。。 勝手なワタスの先入観でしかないという自覚があるだけに、なんだか申し訳ない気持ちになる。
 文中に登場した「大沢佑香」は(ヘ先生の情熱的な文章に敬意を表し)思わず画像検索してしまった。やはりアイドル同様、AVも名前を覚えたり熱心に取り組めないのがワタスのコンプレックスでもある(ワタスは歳をとってからというもの、ますます手近なものというか、そこにあったもので済ませてしまうきらいがある。これもヘ先生の「何ごとも研鑽を怠ってはならない」という隠されたメッセージなのだろうか。)。 AVの話をする男たちは大抵いつも楽しそうだ。だいたいそこでワタスは疎外感を感じてしまうのだが、ここがワタスのようなナイーブ中年亡霊の非常に微妙なところで(以前書いたことと重複するが)、性に限って周囲(特に知人)と情報を簡単に共有しづらいところがある。たとえば人とモチーフを共有してしまうと 知り合いと同じものを見て自分は性的に興奮しコトに及んでいる、という事実に執拗に付きまとわれ、それがとても気持ち悪く、コトに集中出来ないのである。性をおおっぴらに語り、簡単にシェアする、その延長からよくも絶頂までのカーブを描き、最終的に果てることができるものだと感心する。それは無神経だとも思うし、同時に豪胆者だなと感心もする。
 しかし、性の絶頂とはもっと神秘的なものではないのか。神秘的だからこその絶頂ではないのか。だらだらした惰性の射精に価値はあるのか。だからワタスはAVをあまり選り好みする気も起きないし、モチーフは簡素で貧弱なもので充分である。至れり尽せりの贅沢なAVに頼るのは想像力の困窮である。むしろワタスは、広く残されたイメージの余白を、低い山裾から一気に駆け上がる想像力の稜線を描くことを選びたい。
 どうも、おめでとうございました。取り乱しました。よくよく考えたら、アフリカ人のちんこの話でした。失礼しました。

 よる。サッカー観戦。急造0トップで勝ててしまい、びっくりする。まあ結果おーらい。ポルトガルの審判団だったと思うけど、日本に有利な笛だった。
 へ先生のところを覗くと新録「がんばれ日本代表『侍ジャパン音頭』」が追加投稿されていた。なんというか、情熱と虚無のようなものがするどく鬩ぎあうスリリングな仕上りに感じた。虚無と情熱のあいだ、である。くりかえし聴くたびにしっくり馴染んでくる。音頭のリズムなんだけど、曲中に横溢しにじみ出してくるような虚無感が、21性器の極東のボサノバだと感じた。そしてこれが「玉けり」と「あけび48」を同じ土俵で考えることへの、先生からの一つの回答なのかもしれない。。世の玉とあけびはすべからく結合するべしと。オーニーポーっていうあの応援歌じゃなくて、これの大合唱で応援したらすごく良さそう。

 画像は、汁なしタンタン麺と、玉とあけびが結合した直後の本田選手です。